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観音堂
観音堂について
 観音堂はこの石囲いの片隅に建てられています。お堂の中は小さな土間と囲炉裏が切られ、土間の左側の奥に祭壇が設けられています。屋には花筵が敷かれ、小さな卓袱台が囲炉裏の脇に置かれています。
 祭壇には木箱の中に金色に輝く二体の、観世音菩薩の像を納めてありますが、人気も無い湿った部屋の重い空気の中で、糊が切れたので二体とも光背が落ちて、箱の中に入れてあります。これが観音堂の御本尊仏です。お堂を囲む石囲いの中央に階段があり、その上の小さな台地に島の人が札所と言うコの字形に石仏を並べた所があります。コの字に整然と並んでいる石仏の中央には、少し大き目の観世音菩薩像が立ち、一つ一つの石仏の姿態は彫りも深く、どれも素晴らしく端正な表情は、思わず人を引き付ける魅力を感じます。
 これらの石仏は三〇センチ位の台座に据えられていますが、日差しの届かない所なので、台座から石仏の足下は一面に苔むしています。札所中央の観世音菩薩の裏は三メートル程の岩壁ですが、40センチ四方の穴の中に小さい石仏が二体納められていますが、磨耗しているのでどう言う仏か判りません。札所のコの字中央に、「南無阿弥陀仏」と刻んだ此処の海岸の石と思われる玉石が、二個据えられていて右側の玉石には「慶應四辰年二月之建」と裏側に彫られていますがこれがこの札所または観音堂の開基を表した年月とは思えません。札所の入口右手に「開眼西国三十三観世音供養塔」と刻まれた石碑が建っています。その裏側に文字が彫られていたようですが、文字も浅い彫りでまた石材は島産のようです。この台地の左手にも数体の石仏が祀られています。石室の祠に納められているものや、路地に祀られているものは磨耗が激しく古い歴史を感じさせられます。この石囲いの外に「享保二十卯年」と読める丸石の石碑がありますが、これらを見るとこの石囲いの内外に祀られている石仏は、建てられた年代が違うようです。
 島では観音浦の札所は生涯で最愛の者を喪った時、一日がかりで此処に詣で亡き人の冥福を祈る場所とされていますが、荒い海を前に後ろは数百メートルの山肌を木の根草の葉にすがって降りて来なければならず、この頃は詣でる人も少なくなったようです。
 この観音堂の御本尊については、次のような伝承が残されています。一つはこの観音浦の山でつばきの実を取っていた島の女が、海岸から届く光で仕事が出来ずやむなく海岸へ降りてみると、波打ち際に観音菩薩の像が流れ着いていたと言うもの。二つはこの浦の沖合いで漁をしていたが渚から届く光芒に目を打たれ、不思議に思い、船を漕ぎ寄せると、観音像が漂着していたと言いそれぞれお堂を建ててここに祀ったと言います。
ツアー有
トレッキング
フォトジェニック
昼間にオススメ
知識が増える
住所
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TEL
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営業時間

通年トレッキングは可能ですが、日没前には必ず村に戻れるように計画を立ててください。日没後のトレッキングは大変危険です。

アクセス
神津島港より車で30分+60分
FAX
-
その他

足元が悪く、携帯電話の電波も入らないため一人で出かけると大変危険ですので、村民とお出かけください

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